インフォームド・コンセントとは、患者ないし被験者(研究対象になる者)が、治療ないし研究に関する説明を医師から受け、説明内容を理解した上で、その治療の実施ないし研究への参加に同意する、ということである。それは、患者ないし被験者が、
(1)理解する力と決定する能力をもち
(2)他者の支配を受けず自発的に決定できる状況において、医師ないし研究者から
(3)十分な情報を開示され
(4)提案された治療を受ける、ないし研究に参加するよう勧められて
(5)説明された内容を理解した上で
(6)その治療を受ける、ないし研究に参加することに決めて
(7)その治療を受けること、ないし研究に参加することに同意を与える
という7つの要素からなる(Beauchamp & Childress, pp.120-121)。

インフォームド・コンセントには、治療の局面において患者が与えるものと、人を対象とした研究(人体実験)の局面において被験者が与えるものがある。

《治療には患者のインフォームド・コンセントが必要》という原則は、米国の医事訴訟の中で確立されてきた。たとえば1914年のシュレンドルフ対ニューヨーク病院協会訴訟の判決は《健全な精神をもつすべての成人は自分の身体に何がなされるか自分で決める権利があるので、患者の同意なしに手術した主治医は患者に暴行を加えることになり損害賠償責任を負う》と宣言した。1957年のサルゴ対スタンフォード大学理事会訴訟の判決では「インフォームド・コンセント」という言葉が初めて公共の場で用いられた。インフォームド・コンセントの前提として患者に与えられるべき情報としてアナスは、
(1)医師が患者に勧める治療ないし処置の概要
(2)その治療・処置に伴う利益や危険性(とくに死亡や重大な身体傷害の危険性)
(3)その治療・処置以外の選択肢と、それに伴う利益や危険性
(4)治療を行わない場合に想定される結果
(5)成功する確率と何をもって成功とみなすか
(6)回復した後にどんな問題が残り、正常な日常生活に戻るまでどのくらいかかるか
(7)その他、同じような状況下で通常、信頼に足る医師たちが提供している情報
の7項目を挙げている(アナス1992年訳、pp.35-36より要約)。

 一方《人を対象とした研究(人体実験)には被験者の同意が必須》という原則は、近代医学の実験的研究法が広まってきた19世紀末から次第に確立し、ドイツでは20世紀初頭から公的な規制が行われている。しかし、この原則が初めて国際的に宣言されたのは、ナチスによる人体実験を裁いたニュルンベルク医師裁判においてである。その後、世界医師会は1964年にヘルシンキ宣言を出し、人体実験が許容される条件を明文化した。ヘルシンキ宣言はその後8回改訂されて現在に至っているが、インフォームド・コンセントはその重要な柱をなしている。また米国では1960年代以降、相次ぐ人体実験スキャンダルへの政策的対応として、インフォームド・コンセントを医学研究の必須条件とする連邦規則が定められた。

 しかしながらインフォームド・コンセントを必須とする原則は、患者や被験者の人権を護るために欠かせない《必要条件》ではあるが、それさえあれば患者や被験者の人権を十全に護れるという《十分条件》ではない。なぜなら、
(1)「理解する力と決定する能力」を欠くとみなされる場合には適用できない
(2)患者や被験者はしばしば、医師や研究者の権威に圧倒されて、自発的に決定できる状況にない
(3)患者ないし被験者は、医師ないし研究者が開示する情報の質と量が十分かどうか判定できない
といった問題が残っているからである。

(文献)
T. L. Beauchamp & J. F. Childress, Principles of Biomedical Ethics, 6th ed., Oxford University Press, 2009(『生命医学倫理』麗澤大学出版会、2009年【第5版の訳】)
G. J. アナス『患者の権利』日本評論社、1992年(完訳版、2007年、明石書店)


講演スライド「インフォームド・コンセントとは何か?」(大阪市立大学医学部・附属病院人権問題研修、於大阪市立大学医学部附属病院、2011年3月4日)

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